成長戦略スライドの見せ方 — 1619枚の横断集計で最多は棒グラフではなくフロー図
成長戦略スライドで最も使われる図表は何か?
最多は棒グラフでも表でもなく「フロー図」です。上場企業の成長戦略スライド1619枚を横断集計すると、フロー図(戦略の構造や打ち手のつながりを示す概念図)が478枚(30%)で最も広く使われています。2位の棒グラフは198枚(12%)にとどまり、両者の差は大きく開いています。
こんにちは。IR資料検索サービス ir-slide-library の開発・運営者が運営する「決算スライド研究室」です。前回の創刊記事では、株主還元スライドの多数派が「表」であることを確かめました。今回は予告どおり、決算説明資料の中盤の主役である「成長戦略」ページを取り上げます。
実績を示すページでは表やグラフが主役だったのに、未来を語るページに入った途端、各社は一斉に「概念図」へ持ち替える。この持ち替えがなぜ起きるのかを横断データで確かめたうえで、フロー図の中でも設計思想が異なる三社の実例を読み解きます。
※集計: スライド分類データ(成長戦略カテゴリ)のチャート種別集計(reproducible_query: q_def2f0e5) / 対象: 上場企業の決算説明資料に含まれる成長戦略スライド(画像化済み)(n=1619) / 出典: 各社公開の決算説明資料(当メディア独自集計) / 取得日: 2026-07-30
※集計: スライド分類データ(成長戦略カテゴリ)のチャート種別集計(reproducible_query: q_e12019e4) / 対象: 上場企業の決算説明資料に含まれる成長戦略スライド(画像化済み)(n=1619) / 出典: 各社公開の決算説明資料(当メディア独自集計) / 取得日: 2026-07-30
そもそも「成長戦略スライド」とは何か?
成長戦略スライドとは、今後の事業拡大の打ち手 — 新規事業、地域展開、M&A、収益性改善など — を、決算説明資料の中で一〜数ページにまとめて提示するスライドである。本稿ではこの定義で観察を進めます。なお本稿の集計でいう「フロー図」には、矢印で打ち手の連鎖を示す図のほか、ブロックの対置や相関図などの図解を広く含めています。
このページが実績ページと決定的に違うのは、確定した数字がまだ無いことです。売上や利益の実績は過去の事実なので、正確に並べる表や、推移を語る棒グラフが適します。しかし戦略は「これからやること」であり、示すべきは数値の正確さではなく、打ち手どうしの関係と実行の順序です。どの事業が成長を牽引し、どの施策がそれを支えるのか。この「構造」を一枚で伝えようとすると、格子状の表よりも、要素を配置して線でつなぐ概念図が構造的に向いています。冒頭の集計でフロー図が30%と最多だったのは、ページの役割そのものを反映した結果だと考えられます。
ただし、ひとくちにフロー図と言っても設計思想はさまざまです。ここからは、対照的な三つの型を実例で見ていきます。
フロー図は万能か? — 多数派ゆえの落とし穴
先に断っておくと、フロー図が最多であることは、フロー図にすれば伝わることを意味しません。むしろ多数派の道具だからこそ、設計の巧拙が露骨に差になって表れます。
ありがちな失敗は三つあります。第一に「何でも図」。事業も施策もKPIも一枚に詰め込み、矢印が四方八方に伸びた結果、どこから読めばよいか分からない図になってしまうケースです。フロー図は要素を減らして初めて構造が浮かび上がる道具であり、詰め込みは表以上に致命的です。第二に「矢印の意味の混在」。時間の前後、因果、包含 — 同じ矢印が場所によって違う意味で使われると、読み手は無意識に解読の負荷を払わされます。第三に「実績との断絶」。前のページまで語ってきた実績と何のつながりも示されないまま、突然理想の絵が現れる構成です。戦略の説得力は、現在地からの地続き感に大きく依存します。
このあと見ていく三社の実例は、いずれもこの落とし穴を設計で回避しています。要素を絞る、軸を一つに決める、現在地を起点に置く。同じフロー図という道具でも、何を主役に据えるかで紙面はまったく違う顔になります。
構造で見せる派: 打ち手の両立を一枚に組む
マネーフォワードの全社戦略スライドは、構造型フロー図の代表例です。「成長の加速(3つの成長戦略)」と「収益性の拡大」を左右のブロックに対置し、交差するリボンで両者の両立を示し、下段に「キャピタルアロケーションの最適化」を土台として置く三層構成。数値はほとんど登場せず、定量目標はEBITDA40%以上のみに絞られています。成長投資と収益性という、ともすれば矛盾しかねない二つの要求を「交差」という視覚表現で束ねるところにこのスライドの主張があり、読み手は数字を追う前に、経営の優先順位の付け方そのものを一目で受け取れます。 出典: マネーフォワード『2025年11月期 通期決算説明資料』(2026-01-14 開示)p.28

時間で見せる派: 目盛りの無いグラフで順序を語る
対照的なのがABEJAです。同社の成長イメージスライドは、一見すると面グラフですが、縦軸の売上高に数値の目盛りがありません。2012年からの時間軸の上に、ディープラーニング・LLM・AIロボティクスという技術領域ごとの面を重ね、下段には領域別のロードマップを添えて、成長の「順序」と「ドライバー」を時間の流れで語ります。確定数値を示さないこと自体が意図的な設計です。将来の売上をチャートに描けば、それは業績予想と読まれかねません。目盛りを外すことで数値へのコミットを避けつつ、どの領域がいつ立ち上がり、次の成長を何が牽引するのかという物語だけを抽出して見せる。守りと攻めを両立させた表現と読めます。 出典: ABEJA『2026年8月期 第1四半期 決算説明資料』(2026-01-14 開示)p.27

数値で束ねる派: 目標とドライバーを一枚に統合する
三つ目の型は、図解の中に数値目標を埋め込むハイブリッドです。Appier Groupの成長ドライバースライドは、2024年の売上高341億円から2027年の700億円超へ向かう上向きの矢印を紙面の軸に据え、そこに「新たな収益源の開拓」「カバーする地域の拡大」「イノベーションによるバランスの取れた成長」という三つのドライバーを加算構造で連結します。目標の数字と、それを実現する打ち手の対応関係が一枚で完結する設計です。マネーフォワード型が「構造」を、ABEJA型が「時間」を主役にしたのに対し、Appier型は「目標数値への到達経路」を主役に置く。投資家が最も知りたい「その数字はどうやって達成するのか」への回答を、紙面の構成自体で示している点が特徴です。 出典: Appier Group『2025年12月期 通期決算説明資料』(2026-02-13 開示)p.51

自社の成長戦略ページは、どの型に寄せるべきか?
答えは「読み手に最初に受け取ってほしいもの」で決まります。優先順位なら構造型、立ち上がりの物語なら時系列型、目標への道筋なら数値統合型です。
観察を整理しましょう。フロー図が30%と最多である事実は、成長戦略ページの本質が「数値の開示」ではなく「構想の伝達」であることを示しています。そのうえで三つの実例が示すのは、同じフロー図でも、何を紙面の軸に置くかで伝わるメッセージがまったく変わるということです。
自社の資料を見直すときの観点は三つです。第一に、このページで最初に伝えたいのは打ち手の関係か、立ち上がりの順序か、目標への経路か。第二に、将来の数値をどこまで紙面に載せるか — 載せるなら根拠との対応を、載せないなら物語の説得力を、それぞれ設計できているか。第三に、実績ページと同じ道具(表・棒グラフ)を惰性で使い回していないか。未来を語るページには、未来を語るための道具立てがあります。
次回も決算説明資料の「見せ方」を横断データから観察していきます。研究ノートの新着は、ニュースレターでもお知らせします。
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